はじめに
ひすいこたろう著
に記されている
5人の侍について、
自分が忘れずに意識していたい部分を
アウトプットしていきます。
本日3人目
『野村望東尼』です。
(のむらぼうとうに)
不幸の連続
福岡の武家の娘として生まれた
浦野もと(のちの野村望東尼)
17歳から二川相近の書・歌・文学を学ぶ
同じ頃、格上の武士の家に嫁ぐ。
嫁ぐ際に、父が付けた使用人と
夫が浮気して、半年で離婚。
24歳の時に、野村貞貫と再婚
4人の女の子を身籠るが、全て夭逝
結核に罹り、寝たり起きたりの生活
幾度も押し寄せる悲しみ。
平尾山荘
夫:野村貞貫
特権階級の武士であったが、
身分で人を差別する事を嫌い、
身分が下のものであっても優しく接する
思いやりのある人だった。
彼女をなんとか励まそうと、
身分に関係なく気軽に出入りできる別荘を
作り、そこで「もとを主婦業から解放して、
趣味の歌づくりに専念させてあげたい」と
平尾山荘を作る
これからは、夫婦一緒に和歌を詠もう。
と思っていましたが、体調悪化で本宅に戻る。
安政6年(1859年)もと54歳
夫 野村貞貫が亡くなる。
出家
野村家の菩提寺、曹洞宗明光寺の
元亮巨道禅師(げんりゅうこどう)と
縁がつながる。
曹洞宗開祖の道元の禅の教えと座禅を知る。
変わっていくことを恐れていたら、
不幸はどこまでもつきまとう。
だから、避けることのできない悲しみを、
避けようと思わないこと。
ありのままを、
ありのままに受け止めることから始める。
状況が心を決めるのではない。
自分の心は自分が決められるのだ。
54歳で出家し、夫の横に小さな墓を建て
『望東禅尼』と自らの名を刻む。
望む事をやる
これから本心にそって自由に生きよう
と決意して、京都への旅行を実行。
和歌の師匠、大隈言道を訪ねて
夫との思い出である歌の遺稿集を
作りに出かける。
幕末の京都で、志士たちの活動に刺激を
受けて、京都で築いた人脈や情報を地元の
福岡につなげ、自身の平尾山荘を隠れ家として
志士たちを匿う活動を行う。
島流し
野村望東尼は勤王活動のため、
60歳の時に玄界灘の孤島、姫島に島流しにされ、
粗末な牢に幽閉されます。
高杉晋作が立ち上げた救出隊が彼女を助けに来ます。
若き志士たちが命懸けで牢を破り、
彼女を救い出す。
志士たちから、如何に大切な存在と思われていたかが
よくわかるエピソードです。
晋作を看取る
病に倒れた晋作の最期を看取る事となり、
晋作が
「おもしろき 事もなき世に おもしろく」と詠むと、
望東尼が続けて
「住みなすものは 心なりけり」と詠んだ。
何事も、心の持ちようと返しています。
感想
高杉晋作に関する本を何冊か
読んだのに、野村望東尼について
気にも留めていなかった。
度重なる、不幸が続いても
一つのきっかけで、心構えが変わり
世のために動けるのだと、学びました。
自分の心との向き合い方、
再度見直そうと思います。
読み直してみようと思います。
変えられるのは自分と未来だけ!
小さな習慣が未来を変える
天は自らを助くるものを助く。
1000日連続更新が目標
2027年3月1日(月)に見える景色とは?
コメント